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スマホアプリ「コインパズル」開発者の日記https://bit.ly/35gpWAB

回顧録11〜出来れば低い壁を越えたい〜

私は再びネーム地獄の日々を送った。
Tさんと一緒に受賞したのだから、私はTさんと一緒に漫画を描きたかった。
しかし、Tさんはヤングマガジンで担当がいて、月に何回かはネームを持っていかないといけないらしい。
だから私は一人で「サイレントモールス」という作品を書いていた。
彼氏と同棲する売れっ子女性漫画家が、編集者に誘拐、監禁され漫画を描くという話だった。
彼氏になんとか助けを求めるため、漫画の断ち切り(単行本の背表紙の逆)にモールス信号を並べ、彼氏に助けを求める、という話だった。
担当さんは面白いと言ってくれたが、編集者が犯罪を犯す点が気に食わなかったらしく、ボツを食らった。
 
それから、「ファットボーイ スイム」という大学時代に撮った映画を漫画化する事にした。
うだつの上がらない浪人生が女にフラれ、海に勉強道具が入ったリュックサックを投げ捨てるが、泳いで拾いに行く、という話だった。
この話は、アシスタント先の先生にネームを直してもらったりもした。
 
そちらも担当さんの評価はイマイチで、ボツとなった。
それぞれ、2、3回はネームを直していたので、かなりの労力で心は折れ気味だった。
同時に私はスピリッツという花形雑誌の新人漫画家の層の厚さを感じていた。
多分、担当さんは私以外にも何人も新人を抱え、私はその中の一人に過ぎないのだろう。
今になって思うと、私は高い壁をよじ登るタイプの人間ではない。
散々壁の周りを回った挙句、壁が低い所を登ろうとする傾向にある。
そういう所はスポーツ選手やアーティスト向きではないのかもしれない。
 
そんな中、トキワ荘プロジェクトの方から、漫画実話ナックルズ、という雑誌で漫画家を募集している、という話を受け、打ち合わせに行った。
ここは壁が低いのではないか、失礼ながらそんな読みがあった。
 
 
私は受賞作を見せ、高評価をもらった。
その後、デビューの話を受け、快諾し漫画を描いた。
スピリッツ賞佳作、という箔のおかげでデビューできたようなもので、冷静に考えればT氏の力によるデビューだったと思う。
 
締め切りまで二週間しかなく、塾の講師のバイトをしながら必死で仕上げた。
漫画実話ナックルズらしく、電車で轢かれた死体を処理する話で、死体処理にハマっていくヤバい鉄道員の話だった。
時間が無い中だったが、描いていて面白いというか、それなりの手応えがあった。
 
いざ載ってみると、大学時代の友人から電話がかかって来て、このコマのこの女性とか、もっと丁寧に描けなかったの?
などと言われた。
今思うと、デビューして昔の友人から祝福を受けないところなど、自分の素行が良くない事が窺える。
 
しかし、漫画が好評だったのか、一度紙面に載った後も、コンビニでよく売られているムック本「本当にあった怖い話」的なものに3回ほど再掲され、その度に小銭が入った。
後で聞いた話だが、塾の事務の方々が雑誌のアンケートハガキを書いて組織票を入れてくれたらしく、多分そのお陰だろう。