回顧録18〜帰郷と就職〜
久々に人生を振り返る回顧録でも書いてみようと思う。
第一話から読みたい奇特な方はこちら。
前回は、東京での暮らしに疲れて地元に帰ろうと決意した話であった。
この頃の私には2つ、作りたいアニメがあった。
一つはピアノ弾きの貧乏な教会の息子がいて、神父にもならず、あらゆる不遇にめげずただ教会でピアノを弾き続けると言う話だ。
もう一つは、全く話はできていないが、異次元から攻めてくる宇宙人を撃退するサイバーなSFである。
両方とも世界観や作りたい絵だけは存在して、話はまだぼんやりしていた。
とにかく九州では、この2つを仕事をやりながら作ろう、と思った。
この頃の気持ちを要約すべく初音ミクで作曲していたので、是非聞いてみてください。
運良く地元の大手予備校に就職が決まったので帰郷を決意した。
5年の塾講師としてのキャリアが買われ、高校生に物理や数学を教える職種となった。
後になって分かった事だが、本当に採用された理由は、イラストレーターと言うソフトが使えたからだった。
Adobeのイラレと言えば、大学のデザイン科でかじったソフトだった。
塾のチラシやパンフレットを作りながら講師もやれる、と言う奇妙な人材を探していたらしい。
私は2週間20代最後のヨーロッパ旅行をして、帰郷した。
この様子は別途、ブログに載せているので、よろしければ掘ってみて下さい。
旅行を終え、私は29歳で人生で初めて就職して、地元に帰った。
20代は東京で頑張ろうと思っていたから、多少のやり切った気持ちはあった。
しかし、地元での生活は退屈の一言だった。
親がノックもせず部屋に入って来たり、早く風呂に入れだの早く飯を食えなどと、一人暮らしを10年もやった後では耐えられない生活だった。
親と一緒に暮らすつもりだったが、半年で限界が来て、別の家を借りて1人暮らしを始めた。
しかし、北九州という場末の街である。
高校時代の数少ない友達も皆東京や大阪に出ており、休みの日が本当に孤独だった。
本来のやるべきだったピアノの話のアニメの脚本を書いてみても、夢中にはなれず、すぐに退屈してしまう。
1日誰とも話さないと頭がおかしくなってきて、近所のうどん屋に行く。
見知らぬ人たちが家族や友人と盛り上がっている。
生まれ故郷のはずなのに、驚くほど自分は孤独である。
夕飯を一人で食って、家に戻り、退屈しのぎに創作活動をする。
なんとかアニメの脚本となる小説を完成させて、自分でも納得がいかないまま東京の友人に見せたが、やはり、評判は最悪だった。
このピアノの話にはリアリティが無さすぎたのだ。
これらの状況を踏まえ、自分自身が音楽をやってみる事にした。
具体的には地元でバンドをやろうと思った。
私はピアノを習っていた経験があり、キーボードならそこそこ弾ける。
ジモティーの様な掲示板で地元でキーボードを募集しているバンドを探し、早速リーダーに会いに行く事にした。
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